Football道

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オランダでフィジオを目指す学生の、見て、知って、感じて、思ったこと。

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これまでの経歴と今後の展望

f:id:tatsuki_11_13:20170522004553j:plainこんにちは!たつです!

 下の記事で、私が考えていることを言ってきましたが、それに至ったこれまでの経歴やまた今後の展望までも公開していこうと思います!(公開するほどのモノなのかはさておき。)

 

footballdou.hatenablog.com

 

生誕から中学まで

  • 1996年3月19日に大阪の関目で人生をスタート!

アレッサンドロ・ネスタ誕生のちょうど20年後。

 

平和な滋賀県が大好きになり、以後、大阪を捨てて滋賀県出身を名乗ってます。

 

  • 7歳で地元小学校のサッカーチーム膳所JFCに入団

最高の思い出はチビリンピックで県大会に出場したこと。(県大会2ゴール)

 

  • 10歳で恩師と出会う

それまでぼんやりプロのサッカー選手になりたいな~と思っていたが、恩師の影響でサッカーに対して真剣に取り組むようになる。

これが、人生の転機。

 

中学から大学入学まで

  • 中学受験を経て京都の某R私学中学に入学

「一貫校に入れば勉強せずにサッカーがずっとできる」

という親の言葉を信じ、小学校最後の1年をサッカーを辞めて受験に専念。

 しかし、いざ中学に入るとそんなわけもなく、テストの点数が悪ければ部活参加停止になる制度に苦しめられる。

結果、ぐれて中1で家出を経験。中3ではカンニングで全教科0点になる。

 

サッカーでは、部活に入り真剣に練習はしていたものの、自称エースで調子に乗っていたため上手くならず。結局トレセンにもぎりぎりえらばれず。

 

  • エスカレーター式で高校に入学

プロサッカー選手の夢をずるずる引きずっていたが、ついに諦める。

夢が叶わなかった自分を情けなく思い、選手じゃなくてもサッカーにすがって生きていくことを決意。

一旦ちゃんと勉強しようと思い、成績が3.5から4.5に伸びる。

 

大学入学からこれまで

  • またもエスカレーター式で大学はスポーツ健康科学部に入学。

アメリカの公認トレーナー資格ATCの取得を目指すプログラムに入るため、スポーツ健康科学部(以後、スポ健)に入るも、あるATCの方に

「サッカーが見たいならヨーロッパがいいよ。」

と言われ、この一言でオランダに行くことを決意。

 

現在は、ATCのプログラムで勉強させてもらいながら、

オランダ留学の準備(基本的にはオランダ語の勉強)を続けております。

 

今後の展望

・大学4回生 前期セメスター(2017年7月まで)

1.奨学金(トビタテ!留学Japan、似鳥国際奨学財団、学内奨学金)を獲得。

 (計115万円)

2.卒業論文を書き終える。

 

・大学4回生 夏季休暇(2017年8月)

8月末~10月末までオランダ留学

1.クリニックでのインターンシップ

2.語学学校

3.1月の留学に向けて、トレーナー活動が出来る場所を探す

 

大学4回生 後期セメスター(2017年12月まで)

1.留学資金の確保

2.オランダ語の学習を本格化

3.このブログを収益化

 

大学4回生 冬期休暇以降(2018年1月~)

1月末~オランダ留学

1. オランダ語の習得、NT2合格(8月まで

2.現地でボランティアのトレーナー活動

大学卒業。

 

2018年9月(22歳)

フィジオセラピスト養成校、Thim Van Laanに入学

 

2021年8月(25歳)

1年短縮させてThimを卒業。オランダで働き始める。

(単位交換でどこまで短縮出来るかわからないが出来るだけ早く卒業する!)

 

2026年8月(30歳まで)

フルタイムの職業について年収400万円稼ぐようになる。

そして結婚。

 

2031年8月(35歳まで)

エールディビジョンの1部のチームのトレーナーになる。

コーチ業を兼業し、新たなサッカーの関わり方を見出す。

 

2036年8月(40歳まで)

エールディビジョン1部のチームのフルタイムトレーナーになる。

日本のスポーツ文化発展に向けた取り組みを開始する。

(主に日本のトレーナーのシステム改革)

 

2056年8月(60歳まで)

日本のスポーツ文化を発展させる。

特に高齢者の健康増進を目的とした高齢者スポーツを日本の独自のスポーツ文化として作りあげ、健康な高齢者社会を作り上げる。